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カンボジア2.中央市場

ベトナム、カンボジア
2008.09.15-21

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バスから降り、すぐ隣のキャピタルホテルに部屋をとりました。よかった、空いてて。不覚にも部屋の中の写真を撮り忘れました。廊下で勘弁を…。ツイン1泊12ドル。清潔でテレビ、エアコン、扇風機があります。冷蔵庫はありません。設備によりもっと安い部屋もあります。


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部屋の中からプノンペンの町を撮りました。なかなかキレイな町並みです。


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歩いてセントラルマーケット(中央市場)へ。その間も、バイクタクシーの運ちゃんから頻繁に声がかかります。面倒くさいので無視をきめます。


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市場の中央には貴金属のお店が並びます。それを囲むように放射状に衣類や食品やお土産の店が軒を連ねています。



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南国だけあってカラフルな花が沢山売られていました。見ているだけで元気になりそうです。


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お腹が減ったので屋台で遅い昼食です。上はインスタント麺のようなもの、下の巨大もやしのような物はちぎった「うどん」のようです。味はともあれ、腹は満たされました。
隣の席では表示値段を見間違えたと思われる欧米人が支払いの際露店主にキレていました。自分がいけないのに…しっかり確認しようね!

市場ではアンコールワットが描かれたタペストリー?2枚を言い値の半額まで値切り、6ドル50セントで買いました。お部屋に飾るのだ。


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いわゆるゲテモノ屋さんです。さまざまな「虫」を売っています。写真を撮ったら店員に怒られちゃいました。思うに、写真だけ撮って買わない人が多いからでしょう。



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メコンの幸です。ちょうど通りかかった時、1匹のウナギもどきが籠から飛び出し、逃亡を図っていました。残念ながらその後、通りすがりのおばさんに蹴り戻されていましたが…。



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魚だけでなく、野菜やお肉も豊富です。



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孵化寸前の卵を美味しそうに食べるお姉さん。快く写真に納まってくれました。「所変われば食変わる」ですね。姉さまはとても食べる勇気は湧きませんせんでしたけど。



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プノンペンのメーンストリート「モニボン通り」。お店やオフィスがたくさんあって、近代的な町並みでした。相変わらず客引きは多かったけど。


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キャピトルツアーの中です。ここのツアーに参加したい人は、左下に見える各ツアーごとの白いボードに名前と希望日を書き込みます。希望日までに定員に達すればツアーは催行されます。市内観光は5人、ウドン観光は4人でした(他は知りません)。少人数で行った場合、定員数を集めるのは大変です。もちろん追加料金を支払えば観光は可能ですが。




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夜にプノンペンの町をウロウロするのは危険なので、夕食はキャピトルツアー併設の食堂で食べることにしました。ご飯とスープ、エビのから揚げを頼みましたが、お世辞にも美味しいとはいえません。エビはまるで小さいし、ご飯はパサパサで一口食べて食欲を失いました。ただ、ビールは美味かったです。ベトナム料理が恋しいです。



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何の写真だか分かりずらいですが、夜のプノンペンです。この日は明日の「ウドン」への観光ボードに名前を記入し、近くのネットカフェでメールを打った後、早めに寝ました。明日の朝までに後2人集まっていたら、それはきっと奇跡でしょう。



ベットに入って1分も経たない頃、外から「パンッ」という銃声のような乾いた音が聞こえました。時計を見ると、時刻は11時前でした。意外と近くに感じました。

聞くところによると、プノンペンには少なくとも1万丁を超す銃器が氾濫しているのだそうで、銃による犯罪は日常茶飯事だそうです。

カンボジア1.プノンペンへ

ベトナム、カンボジア
2008.09.15-21

09.17
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翌日、朝6時30分、同じ店の前からプノンペン行きのバスに乗ります。カンボジア行きのビザについて「地○の○き○」には「取得に1日かかる」とか「顔写真が必要」とか書いてあったけど、このバスに乗っていけば写真はいらないし、直接国境で取得できる。事前に日本などで取得する場合は別なのだろうけれど…。順調にけばホーチミンからプノンペンまではバスで6時間だ。


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ベトナム側のイミグレ。あっさり通過できた。


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地元の人々が皆国境へ向かって歩いていく。カンボジア側の町で商売でもしてるのかな?


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ベトナムとカンボジアの旗の間が「ボーダーライン」。


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カンボジア側のイミグレ。こっちもあっさり通過。


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カンボジア側の休憩所でトイレタイム。ちょっとした食事ができ、お土産もある。これからまだ何時間かバスに乗らねばならんのだ。



そしてカンボジアに入ると、風景は一変した。



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何だか川が氾濫しとる。まるで海のようだ。


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かろうじて残っている陸地では、牛さんが少ない草を食んでいる。


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途中何台もすれ違った子どもたちを乗せたトラック。カンボジアの子どもはベトナムの子どもより人懐っこい。屈託のない笑顔が印象的でした。



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メコン川の船着場に到着。ここからバスごとフェリーに乗って対岸までいくのだ。物売りの人々がたくさんいた。



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ちょっと照れくさそうだけど手を振ってくれた子ども。逞しく生きてるね。



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まるでメコン川に突っ込んでいくように見えるバス。



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中央の船頭?のおじさん。察するに彼女に振られでもしたらしい。頑張れ。



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対岸に向け出発です!


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メコン川で小さなこどもが水遊び?をしていました。母親は止めようとしていましたが、衛生的に大丈夫なんでしょうか・・・。


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ベトナムと比べると、民家のつくりからしてかなり貧素です。特に地方は。


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そろそろプノンペン特別市に近づいてきました。さすがに一国の首都だけあって、賑わってはいます。



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午後1時過ぎ、終着点のキャピトルツアーの前に到着です。姉さまたちはここで降ります。



カンボジアの首都プノンペンにはキリングフィールドとかツールスレーン収容所跡とか重苦しい名所ばかりなので、ここで降りる人はあまりいないようです。実際、ホーチミンから乗ってきた半数以上の人は、バスを乗り継いでシェムリアップまで行きました。シェムリアップの町は、誰もが知る世界遺産「アンコールワット」への玄関口です。

姉さまたちは、日本からのツアーも沢山あるし歳をとってからでも行けるだろうと思ってあえて行かなかったんだけど、プノンペンで仲良くなった人ほとんど全員に不可解な思いをさせたらしい。カンボジアに行ってアンコールワットを見ないのは、日本に来て富士山を見ないことに等しいらしい。そおぉ?

ベトナム4.ベンタイン市場で夕食

ベトナム、カンボジア
2008.09-15-21


09.16
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クチと市内の観光を終え、ホーチミン市で一番大きなベンタイン市場に夕食にやってきました。写真はカエルと川魚の丸焼きです。意外とカエルの方が美味そうに見えた。食べてみりゃよかった。


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春巻きの皮のような物に野菜と豚肉を巻いてタレをつけて食べる1品です。屋台は安い。ビールも飲んでたったの700円くらい。生野菜も大丈夫でしたよ。


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いやぁ~、ビールおいしぃ~♪♪


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ベトナムを代表するサイゴンビアー。さっぱり味でいくらでもいけそうです。


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ホーチミンにはやたらバイクが多い。信号機もない所が多いから、ベンタイン市場へ行くにはブンブン走っているこーんなバイクの波をかきわけて道を横切らなければなりません。初めは躊躇してたけど、だんだんコツをつかんできましたよ。地元民が渡る時に便乗するのが一番安全なんだけどね。




ベトナム3.ホーチミンの名所

ベトナム、カンボジア
2008.09.15-21

9.16
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午後からはホーチミン市内の観光へ。
まずは「統一会堂」。ここは、ベトナム戦争当時、南ベトナムの大統領府だった場所。

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噴水の向こうに見える通りを、南ベトナム民族解放戦線の戦車が進撃してきたという。広場と通りを隔てる鉄柵を戦車が突き破る写真も残っていますが、同じ場所で起きたこととはとても思えません。

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旧大統領府の内部。閣議室や大統領執務室が残されています。国家の中枢にあたる場所ですが、ビル1階の入り口近くに配置されていることに少し驚きました。
階段を上るアオザイ姿の女性を思わずパチリ。ベトナムといえばコレ、ですが、街中であまり見かけることがなく、意外な感じがしました。間近でみると、やはりきれいです。


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フランス植民地時代に建てられた建物。上がサイゴン大教会、下が中央郵便局。

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ベトナム戦争の「戦争証跡博物館」。沢田教一がピュリツァー賞を受賞した作品「安全への逃避」も展示されていました。

別の展示場では枯葉剤の影響とみられる奇形児のホルマリン漬けや、米軍による住民虐殺現場の生々しい写真が飾られていました。目を覆いたくなるような悲惨な展示ばかりで、改めて戦争の非道さを痛感しました。

館内の姉さまの前を年配の欧米人夫婦が手をつないで歩いていたのですが、途中で「もうたくさんだ」と言って出て行ってしまいました。

でもこれは’見たくはないけど見ておくべきもの’だと思います。最後の展示物がハトを放つ子どもの銅像でホッとしました。子どもたちに平和な未来を。

ベトナム2.クチトンネル

ベトナム.カンボジア
2008.9.15-21

09.16
今日は某有名旅行代理店のツアーに参加し、ベトナム戦争中に掘られた「クチトンネル」と、ホーチミン市街地の名所を巡りました。


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ANAN2の5Fフロアから朝の通りを見下ろす。部屋もキレイで設備もスタッフも高得点だった。怪我の功名か。ツインで1泊22ドル。携帯のタイマーを8時にかけて起床したものの、時差を調整せず実際は6時に起きていたことをこの時の兄姉はまだ知らない。



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ここがその某有名旅行代理店。見ての通りですが・・。いつも外国人バックパッカーでにぎわっていました。



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店の中はこんな感じ。こちらを向いてピースで微笑んでいるのは、この旅で何かとお世話になった現地のスタッフ。時差を忘れていて2時間早く起きたおかげで、午前9時発のクチツアーに参加できました。これまた怪我の功名です。4時間しか寝ることができませんでしたが…。



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出発の前、近くの屋台で朝食をとりました。たった50円ほどでフォーのような麺が食べられます。薄味のスープで麺もシコシコしていて実に美味いです。ライムを絞るとさらに爽やかな味に。


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クチへのバスの車内はこんな感じ。世界中から集まった客で満席です。



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水とスナックをくれます。ありがたかったです。



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ベトナムの9月は雨季。バスでクチトンネルへ向かう途中の道も、たまにこんな場所が。ベトナムの若者、勇敢です。



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クチの前に身障者の方々の作業所を見学します。日本の漆塗りのような商品が並びます。購入することもできます。



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クチに到着すると、はじめにビデオでクチの説明を受けます。その後、見学が始まります。姉さまはこの時眠くて仕方ありませんでした。


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位置が縦横違ってますが、クチトンネルの入り口です。係のおじさんが実演してくれます。
クチトンネルは、米軍と戦った南ベトナム解放戦線(べトコン)の本拠地だった場所。爆撃から逃れるため、地下に総延長250キロものトンネルを掘ったといいます。チャールズ・ブロンソンも脱帽です。



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わなです。落ちたらえらいことです。



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これもわなです。係のおじさんが回転させてくれます。おじさん自身が間違って落ちてしまわないかといらん心配をしたくなります。



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しかしこれがぶつかってきたら相当痛いでしょう。手作りの武器とはいえ、侮れません。



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地雷により再起不能となった米軍の戦車と陽気なインドネシア人です。
この人、休憩の時間に何かの拍子で「さあこれから第3次世界大戦の始まりだ!」と叫びました。シャレになりません。皆ドンびきでした。


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トンネル内部。1mほどの高さしかなく、1人ずつ腰をかがめてやっと通れる大きさです。相当の脚力がないと自在に利用することはできません。



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ベトナム戦争体験者でしょうか?当時戦争で使われた爆弾に妙に詳しかったです、この方。



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蟻塚か木の根のようにも見えますが、トンネルの通気口です。



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米軍が落とした爆弾の着弾跡です。


クチトンネル周辺では射撃訓練が行われていたらしく、大音量でバンバンバンバン煩いったらありませんでした。兄さまは臨場感が出るとか言ってたけど、姉さま的には心臓に悪かったです。隣を歩いている人の声すら聞こえません。‘戦場の音’ってこんな感じなのだろうか。

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Author:barung
アジア大好き。いつも格安チケットで行く貧乏旅行。もちろん国内旅行も大好き。これまでの旅の記録をのんびり綴る不定期ブログです

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