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鬱憤 ~インド最悪の日・上~ 

マハーボディー寺院からホテルに引き揚げ、ロビーを通り抜けようとした時、インド人の初老の男に日本語で呼び止められた。このホテルの社長で、日本との取引があるらしく、その風貌からは想像もつかないほど流暢な日本語を話した。

僕らをロビーのソファに座らせ、彼は明日のヴァラナシまでの車の手配について話し始めた。

「出発は何時ですか?」

昼間に同じホテルの窓口で予約した内容を再度尋ねられ、少し嫌な予感がした。

「9時です」

「それは遅いですね」

彼は間髪入れずにそう答えた。

「その時間では、運転手が帰ってこられません」

ヴァラナシまでは車で6時間ほどかかる。僕らはガンジス河の夕陽を見るため、日没の時間から逆算して出発時間を決めていた。朝起きて朝食を摂り、ホテル周辺の寺院を散歩して帰ってくるのにちょうどいい時間だ。昼間、窓口で申し込んだとき、担当係は何も言わなかった。なのに、社長は一度了承した時間を変えろと言うのだ。

「しかし、僕らは9時で予約して、そのつもりで行動しています。今更時間を変えろというのは納得できません」

社長はなおも難色を示したが、彼が抵抗の色を示せば示すほど、こちらも意地になった。ブッダ・ガヤからヴァラナシまで、もし予定通り列車で移動するなら、2人で942ルピー(約1900円)しかかからない。しかし、車で移動すると、6000ルピー(1万2000円)もかかるのだ。僕のミスで列車に乗り損ねたとはいえ、高い金を払って車を手配するのだから、最大限こちらの要望を受け入れてしかるべきだろう。そう、一度は9時でOKしているのだから!

結局、喧嘩の寸前までいって社長が折れ、予定通り9時にホテルを出発することになった。すべてが終わって部屋に帰ると、少しこちらも怒るのが早すぎたかな、という気持ちになった。もっと冷静に社長の言い分を聞いて、こちらの主張もていねいに伝えていれば、双方気分を害することもなく事は解決したのかも知れない。

自分が、すぐ熱くなりやすい精神状態に

陥っているのが分かった。


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翌10月4日、ホテル近くのレストランで朝食を食べ、軽く散歩して、きっかり9時に出発した。

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朝食は、やっぱりチャパティ


運転手は20代前半に見える若者で、車はインドのタタ自動車製のセダンだった。

車は、昨日オートリクシャーの荷台に乗って通った道を逆戻りし、途中で西へ向かうハイウェーに乗った。運転手に聞くと、ハイウェーは建設中で、デリーまで通じる計画という。ところどころに現れる距離表示板は、デリーまで1000キロ以上の道のりが残っていることを示す。インドを旅していると、いろいろな場面で、その国土の広さを実感することができる。

道はほぼ真っ直ぐで、舗装の状態も良い。街に入るとオートリクシャーやサイクルリクシャーが行く手をさえぎることもあるが、ひとたび街を抜けてしまうと、屋根まで人を載せたバスや大型トラックが目立つ程度で、交通量はさほど多くはない。


どこまでも続く真っ直ぐなハイウェイ。デリーまでの距離表示に唖然

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大型トラック同士の衝突事故・・・

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人と牛が仲良く水辺に憩う

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インドじゃ我がもの顔です、ボク


こういう場合、アジアの国々の運転手はたいてい

「ぶっ飛ばす」(おおげさではなく、こうした形容がふさわしい)

のだが、僕らが雇ったこの運転手はなぜか時速80キロ前後を維持し、まるで佐川急便のドライバーのような運転を続けていた。学生時代に訪れた中国・新疆で、自分が乗り込んだタクシーが街中にもかかわらず100キロ近いスピードを出し、さらに路上のそこかしこに歩いている鳥の上を「あえて」通過していくのを目の当りにして以来、僕はアジア地域のタクシー運転手を、どちらかと言えば否定的な視線で見続けてきた。当然、「ぶっ飛ばす」ものと思っていたこのインドの若者は、その凝り固まった「運転手観」を少しほぐしてくれた。もちろん、日本語を話せるあのホテルの社長からきつく戒められていた可能性もあり(頻繁に来日している社長は当然、日本の交通事情も知っている)、ぶっ飛ばしたい本音を隠していただけだったのかも知れないけれど。

彼は、それまで出会ったインド人とは違い、こちらから話しかけても一言、二言答えると、はにかんだ笑顔を見せてその場を収めようとした。英語があまり話せないことも影響していたのだろうが、シャイな性格らしかった。それでも、ヴァナラシまで半日近く、狭い車内で一緒に過ごすのだ。少しぐらい、彼の人となりものぞいておきたい。

「彼女はいるの?」

尋ねると、彼は否定しなかった、と思う。もう細かいやり取りは忘れてしまい、ここで再現できないのが残念だ。彼は、自分の家族や、住んでいる街のことも話した。片言の英語でのやり取りが、しばらく続いた。ああ、この調子なら互いに打ち解けて、長い道中、楽しくなるかな・・。期待が膨らみ始めたとき、彼がつぶやくように言った。

「I'm poor」

「Help me」

来たか、と思った。彼は、ホテルに雇われた運転手である以前に、インドの貧しい労働者なのだ。彼の背には、稼ぎの少ない仕事で細々と生計を立てている両親の期待が覆いかぶさっているのかもしれない。そんな彼が、仕事で出会った外国人観光客に「あわよくば、代金以上の見返りを」と期待するのも、無理はない。
もちろん、心の内で期待するだけならいい。しかし、それを口に出してしまうと、僕らと若者の関係は「客と運転手」から「持てる者と持たざる者」に変わってしまう。

僕らは黙ってしまった。それ以上会話を続けると、さらに彼が何らかの要求をしてこないとも限らない、と考えたからだ。所定の代金を払ってはいるが、ハンドルを握っているのは彼だ。万が一、彼の機嫌を損なえば、夕暮れ前にバラナシへ移動するプランが崩れてしまう恐れもある。会話を続けて深みにはまるよりは、英語が拙いことにかこつけて、こちらから交信を絶ってしまうほうが得策だ。

こちらが反応しなくなったため、彼は「怒ってるのかい?」と助手席の僕の表情をうかがった。僕は、微笑を浮かべて首を振った。


いよいよ、ヴァラナシだ。


途中、街へ入る道を間違え、同じ道を行きつ戻りつしたが、時刻は午後2時近く。ガヤを出発して5時間足らずだ。思ったよりは早く着いた。

ガンジス河が流れるヴァラナシの中心部は道が細く、車で通るのは難しい。出発前、日本語を話す社長はそう言って、車で入れるぎりぎりの場所にあるホテルまで送り届ける約束をした。運転手は、その契約に忠実に車を進めようとした。しかし、道行く人にそのホテルの場所を聞くと、中心部からかなり離れていた。オートリクシャーで移動はできるが、せっかく車で来たのだから、もっとガンジス河の近くまで行ってほしい。僕らは、運転手にさらに街の奥へ進むよう頼んだ。運転手はけげんそうな表情で「ランチは食べないのか」と言った。送り届けた先のホテルで、僕らにご馳走してもらおうと思ったのだろうか。

運転手を説得し、街の中心部を進んだ。社長の言うとおり、道は狭く、人やリクシャー、車でごった返していたが、渋滞しているわけでもなく、ゆっくり進めば何の問題もなかった。


センターライン代わりに木の棒が立っている


やがて、ガンジス河まで300メートルほどの「ゴードウリヤー」という交差点までやってきた。ここから先は、正真正銘、車で進むことはできない。運転手に礼を言って、車から降りた。荷物を背負って歩き出そうとすると、運転手が不満そうに何かを言った。いつの間にか車を取り囲んでいたリクシャーのドライバーたちも、口々にわめき立てている。

彼の不満は、チップがないことだった。

しかし、僕らは出発前に決めていた。ホテルで支払った6000ルピーがすべてだと。フロントの担当係員も「ガソリン代やドライバーの雇い料すべてを含んだ料金だ」と言っていた。

そもそも、チップを払うか払わないかは客の側の裁量で、求められて支払うものではない。

ただ、6000ルピーという想定外の出費に、僕らは少し頑なになりすぎていたのかもしれない。不満を口にしながら、なおも口元にはにかみを浮かべ立ち尽くす彼に手を振って、僕らはガンジス河へと歩き出した。














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