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奇跡 ~菩提樹の下で~ 

腹が減った。とにかく、何か食べよう。


ガイドブックで見つけたチベット料理屋に行くことにする。インドに来てチベット料理というのもどうかとは思ったが、ガイドブックに書かれた評判は悪くない。一連の騒動で疲れ果て、他のインド料理屋を探す気力もなかった。

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店の名は「Fujiya Green」。店内は停電でエアコンがついておらず、蒸し暑いのには閉口した。しかし、注文した「choumian(チョウミエン)」という焼きそばに似た麺料理は、なかなか美味しかった。
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僕らの席の向かい側で、西洋人の女性がインド人の青年2人に囲まれて話していた。女性は一人旅の最中のようで、インド人2人は地元の人間らしかった。女性は終始笑顔絶やさず、持っていた一眼レフの高そうなカメラを青年に持たせて、もう一人の青年と写真を撮るなど、ご機嫌だった。
会話の内容を詳しく聞いたわけではないが、この女性がインド人青年たちに騙されていく過程を目撃しているのではないことを願った。女性からは、アジアでの旅に慣れた雰囲気も感じられた。逆に、女性が青年たちを自分の旅に有利なように利用しているのだとしたら・・・。そんなことがあったら、痛快だ、なんて他愛もないことを考えながら、チョウミエンを食べていた。

店を出て、ようやくブッダ・ガヤの観光に出かけることになった。

まず、各国の寺院を巡ることにした。ブータン寺、日本寺、チベット僧院、新タイ寺(なぜ「新」が付くのかは分からない)・・・。
それぞれの建物は、お国の文化を反映している。日本寺のお堂は、てっぺんから四方に曲線を描く屋根と木の柱、そして正面には「日本寺」の扁額。境内も日本式庭園とはいかないまでも、木と芝生と石が整然と配置され、インドの一部であることを忘れさせる空間だった。


日本寺の門から本堂までの道

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日本寺本堂の正面

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熱心に祈る人たち

ブータン寺では、本国から来ている僧と少し話をした。彼らはブータン寺に泊まりながら、マハーボディー寺院で修行
をするのだという。

日本寺の近くに、愛知県の某宗教団体が建設したという大仏があった。

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日本国内にもよくある類の「モニュメント」だと思い、そこそこに引き揚げようとしたところ、面白い光景を見た。
大仏に通じる参道では、大勢の「物乞い」が観光客に喜捨をねだっていた。中には、手足が不自然に曲がり、地面にあぐらをかいたような姿勢のままですがりついてくる青年もいた。
彼らが、にわかにある人物の周りに集まりだした。それは東洋人らしきおばさんで、

なんと差し出された手一つ一つに、お金を配って

歩いていたのだ。


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おばさんが去った後、お金を握り締めた「物乞い」たちは、思わぬ収入に笑顔を浮かべ、互いに談笑すらしていた。たいていは憮然とした表情で差し出した手を払いのけられるところを、わざわざ向こうから喜捨にやってきてくれたのだから、うれしい気持ちは分かる。ただ、僕が多少違和感を感じたのは、日本で見かける、いわゆる「乞食」と呼ばれる人たちと比べ、

彼らの態度に悲壮感や卑屈さが感じられなかったことだ。

誤解を恐れずに言えば、どうしたら喜捨をもらえるかをあらかじめ計算しているような節があった。中国には「仕事」として物乞いをしている人がいる、と聞いたことがあるが、彼らの様子はそれとも違う。インドという人間のるつぼでは、物乞いも決してアウトローではなく、社会を構成するれっきとした要素の一つなのだ。そう考えると、彼らの妙に堂々とした態度もつじつまが合うように思え、納得のいく気分になった。

ひととおり寺院を巡って、いよいよブッダ・ガヤの中心、

マハーボディー寺院に行く。

某有名ガイドブックによると、紀元前3世紀にアショーカ王が建立した寺院を起源に、紀元7世紀ごろにほぼ現在の姿になったという。

高さ52メートルの石造りの仏塔が印象的だ。

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ちょうどベトナムの首相が訪問中で、門の前で少し待たされた。境内に入るには靴を預けなければならず、僕は靴下も脱いで裸足になった。インドの強烈な日差しにさらされた石の温もりが心地よい。

仏塔の中に安置された金色の仏像を拝んだ後、仏塔の周りをゆっくり歩く。
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塔の裏側に、一本の菩提樹が、枝を大きく広げて鎮座している。周囲には、大勢の人々が座り、ある者は一心に祈りを捧げ、ある者は放心したように目の前を行き過ぎる人の流れを見つめていた。
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そう、この大木こそ、2500年前、

ブッダがその木陰で覚りを開いたとされる菩提

樹の子孫
なのだ。

僕らも、かつてのブッダと同じように木陰に腰を下ろし、足を休めた。
すると、不意に一枚の葉がひらひらと舞い、僕の目の前に落ちた。大勢の人々が菩提樹を見上げているのに、誰も落ちた葉を拾おうとしない。それなら拾おうか、そう思った瞬間、目の前をさっと人影が横切り、気がついたときには一人の少年僧が葉を拾い上げ、疾風のように去っていってしまった。
ブッダゆかりの菩提樹の葉だ、修行僧なら欲しいよな。そんなふうに自分を納得させながら座っていると、少年僧が再び風のようにやってきて、僕の前に立った。

そして、さっき拾い上げた菩提樹の葉を、目の前に

差し出した。


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「Thank you」
僕が葉を受け取ると、少年僧は微笑みを浮かべ、またさっと元いた場所へ走り去った。きっと、彼は僕がじっと目で追っていたのに気づいていたのだろう。なんだか、小さな奇跡にめぐり合った気がした。素晴らしい宝物を貰った。インドへ来て、初めてすがすがしい気分になれた。

やがて日が暮れ、月が上った。石造りの仏塔は、四方からライトの光を浴び、闇に浮かび上がった。側面に施された無数のレリーフが、幾何学模様のような陰影をつくりだしている。

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仏塔の向こうに、月が上る

境内のそこかしこで、僧が祈りを捧げていた。そのすぐ脇を、バックパックを背負った観光客がカメラ片手に通り過ぎていく。聖と俗が入り交じった、不思議な空間。闇に浮かんだ仏塔は、そのすべてを優しく見下ろしている。まだ陽の温かさが残る石の上に身を投げ出し、僧の祈りの言葉を聞いていると、ふとブッダの懐に抱かれたような気分になった。











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コメント

拝読しました。臨場感あるルポですね。自分もインドに行きましたが、あの土地に身を置いたときの何ともいえない戸惑いというか、寄る辺ない感じというか、そういう心の動きが逐一、手に取るように伝わってきて、何だか懐かしいです。町の喧騒やにおい、ほこりっぽい通りの風景や、差すような日差し、出会った人たちの濃い顔とか、なれなれしい英語の口調まで、一気に記憶がよみがえってきました。インドというのはなぜこれほどまでに独特なのでしょう。続き(特にヴァラナシ編)を楽しみにしています。

Re:

ありがとうございます。
自分も、書いていると旅で嗅いだ現地の匂いが鼻腔の奥に蘇ってくるようです。今回の旅は良いことももちろんありましたが、どちらかと言えば辛いことの方が多かったので、当時のことを思い出すのにまだ少し勇気が必要だったりします(笑)。
既に細かい部分の記憶は薄れかけていますが、写真などを頼りに頑張って書いていこうと思います。また覗いてください。

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Author:barung
アジア大好き。いつも格安チケットで行く貧乏旅行。もちろん国内旅行も大好き。これまでの旅の記録をのんびり綴る不定期ブログです

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