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寺になった社

<寺になった社>

水里へ向かうためバスを待つ。ところが何を血迷ったのか、反対の埔里(ほり)へ向かうバスに乗てしまった。ホーリーモーリーですわ。運転手にそれとなく訴えてみても「あー」とがっかりされるだけ。2人だけのために戻ってくれるわけないか泣き顔

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目的地とは違う埔里の町に到着。


もう2時発の集集線には間に合わない。後悔しても仕方ないので、とりあえず埔里で下車し、近くのファストフード店で緊急対策会議を開く。ガイドブックをめくっていると、埔里の先に日本統治時代に日本人が原住民に襲われたという場所、「霧社」を見つけた。何となく気になる。どうせここまで来ちゃったから行ってみよう!

霧社方面行きには2時5分のバスがあったけど、すごい乗車率だ。ハンドルを切ったら人の重さでバスが倒れてしまいそうなくらい。そのバスを見送り、3時10分のバスにのることにした。一人75元だった。

バスは峠道をぐんぐん上っていく。所々で山や家屋が壊れていて、99年の集集大地震の傷あとが生々しい。山肌に民家が見えてきた頃、ようやく霧社に到着した。バス停横のコンビニでジュースを買って歩く。

コンビ二から出ると、酔っ払い?のおじさんが近づいてきて、刀で人を刺す仕草をしながらヘラヘラ笑った。

それって「霧社事件のこと?」いきなりビビルんですけど苦笑い

霧社事件は未だ人々の心に深く刻み込まれてるらしい。ここの人たちはこの事件についてどう思ってるんだろう。日本人をどう思ってるんだろう。日本人を襲った現住民族は今でも「英雄」として祭られているらしいけど。

しつこく話し掛けてくる酔っ払いおじさんを無視し、神社だった寺院に向かう。カラフルに彩られた灯篭、角のある鳥居…不思議な空間ですが、神社の面影は残っている。
裏手には大きな寺院が建てられている最中だった。これが完成すれば神社の面影すら消えてしまうのかもしれない。

折り返して裏道を歩いてみたけど、地震で崩れた跡しかない。ガイドブックによるとここには当時日本人の小学校や保育園があったみたい。引き返し、霧社事件が起きた現場(現在は消防署)を通り、事件の首謀者が祭られた公園を訪れる。原住民が日本人を襲う場面が銅像になっている。小さな子どもまでが日本人に石を投げつけている。リアルだ。

路を挟んで反対側の小さな丘を歩いてみた。犠牲となった日本人のお墓があったみたいだけど、「祭られていた」という形跡はない。桜や梅の木が植えられ、石のテーブルと椅子があるだけ。墓石も慰霊碑もなかった。


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霧社の元神社へ続く道。この手前奥に不思議空間が存
在する。


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元神社のとりい。階段はボロボロで廃れた雰囲気がある。


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元神社の元灯篭。こんなにカラフル
に塗られちゃって。


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元神社境内から霧社の町(一部)を見下ろす。



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銅像のある公園の入口。誰もいなくてとても静か。


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子どもまでもが日本人に向け石を投げつけている。


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霧社事件で原住民をを率いた英雄
の像。名前は忘れた。



しばらく日本人墓地跡で休み、帰路につく。空が茜色に染まる頃、学校からチャイムが聞こえた。

「キンコンカンコーン、コンキンカンコーン」

ん?小学生の頃、田舎の学校で流れていたチャイムと一緒だ。

続いて下校の音楽が流れ出す。曲名は知らないけど、これも聞いたことがある。とっても懐かしいメロディーだ。

台北にも学校が沢山あるけど聞いたことがない。霧社の学校だけがこのメロディーを採用しているのかな?何だか不思議な気分になった。


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↑霧社事件の現場となったと言われる小学校跡地。今は
消防署になっているらしい↓
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日本人犠牲者の墓地跡。今は公園になっていた。
墓だった痕跡はまったくない。


午後6時、バス停でバスを止め、埔里まで戻る。来た時のバスとは違い、ちょっと小さいけど綺麗なバスだ。乗客はほかにいない。「埔里まで」というと「OK」と乗せてくれた。

しかし、おじさんの運転テクニックはすさまじかった。前に車がいると抜かなくてはいられない性分みたいで、次々と抜いていく。しかも、山道の下り坂で、対向車が見えてないのに抜くったら抜くったら。2台3台抜きは当たり前。5、6台いても、平気でパッシングし、反対車線にはみだし、抜けるだけ抜く。途中で対向車が見えると、速度を緩めていったん本線の車と車の間に割り込み、また抜くチャンスをうかがってる。

こっ、怖い。急いでいないことをさり気無く伝えてみたけどダメ。聞く耳もたない。途中、運転手が何か話しかけてきたけど、前を向いて運転して欲しいので無視し、後ろの席に移動した。たぶん「どうだ、すごいだろ。早いだろ」とか言ってたんだろうけど。


最終的に12台抜き、埔里に到着。値段を聞くと、一人100元という。あれ?行きは75元だったよ。兄さまがそう言うと、あっさり値下げした。本当はこっちが慰謝料欲しいくらいだよ、おっちゃん。いくら速くてももう乗らないからね。


明日のバスの時刻をチェックし、さっそく宿探しに。安宿を1、2件あたってみるけど、部屋が今いち。ひとまず屋台で夕食を済ませ、中級ホテルを訪ねる。ガイドブックに書かれていた値段と違い、とっても安い!オフシーズンだからか?とも思ったけど、どうやらこのガイドブック「○○の○き○」は4人の値段をツインの値段と間違えて掲載しているみたい。

ぶつぶつ文句をいいながらも、ホテルが決まってひと安心。ツインの部屋はあいてなかったけど、4人部屋をツインの値段で使わせてくれた。



翌朝宿を出たのは8時少し前。水里行きのバスの時刻表をもらい、出発。ボーっと時刻表を見ながらバス停に向かって歩く。

ん、ちょうど8時ジャストの水里行きがあるね。でももう今8時だから、次は、と…んん??9時台がない!
 
「何で?8時ジャストはあるけど、9時台がないよ、次は10時だよ!」

ガーン。バス停まで走っても5分はかかる。8時のにはもう乗れない。仕方なく屋台でヒマをつぶすことに。2時間もどうするんだよぉ。もったいないな…。

朝飯を食べたばかりなので満腹状態で屋台をボーッと歩いた後、何気なくバス停を覗いてみる。すると、なんと8時のバスがまだいた!まだいた!!30分も過ぎてるのに!!

まだ乗れる?ときくと、「もちろんだ」という。あぁ何て幸運。朝食をゆっくり食べ、屋台をゆっくり見て、マイペースで来て、8時のバスに間に合った。こういう時だけ台湾人ののん気さに感謝する。


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埔里の屋台で見つけた鳥さん。ご愁傷さまです。


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