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解熱 ~インド最悪の日・下~ 

 再び、ダシャーシュワメード・ガートに着いた。陽はすでに落ち、土産物屋の灯りが褐色の肌の人々でにぎわう通りを照らし出している。

 横合いから、男が声を掛けてきた。日本語だ。とっさに顔を見ると、先ほどのガイドとは違う男だった。自分の店の商品を見ていってほしい、としきりに訴えてくる。無視したが、彼もまた、これまで出会った何人ものインド人と同じように僕の横にぴたりと張り付き、引き下がる様子はない。

 ふと、自分たちのやり方に疑問を感じた。沈黙は、何も変えられないのではないか。

 「いらない」

僕らはその男に向け、口をそろえて言った。「買わない」「いらないから」

 男は立ち止まった。何事かつぶやいたように聞こえたが、何を言っているのかは分からなかった。僕らは歩き続けた。男は、それ以上追ってはこなかった。

 長い間、喉に引っ掛かっていた小骨が抜けたような気がした。


 僕らの前に、先ほど振り切った日本語を話すガイドが現れた。彼は、僕らの背にさっきまであった大きなバックパックがないことに気づいた。

 「どこのホテルに泊まった?どこのホテルに」。執拗に尋ねてきた。僕らは答えた。「もうホテルは決めた。あんたのところには泊まらないから」。

 彼は語気を強めた。「それなら名刺を返して。返さないと、私怒る。私、angry」。

 僕が肩掛けのバッグから名刺を取り出して渡すと、彼は立ち止まった。そして、反対方向に歩き出した。僕らの背中に、彼の叫び声が降りかかった。

 「You Japanese Fuck you! You Japanese Fuck

you!」


 侮辱の言葉がガンジスの闇に吸い込まれていくのと同時に、僕は河の匂いを含んだ新鮮な空気が胸いっぱいに吹き込んでくるのを感じた。

 終わった。これで、終わった。

 ヴァナラシの地を踏んだ直後に陥った負のスパイラルを脱け出す鍵は、主張することだった。主張せず、沈黙する者には、まだ付け入る隙がある。ガイドたちが必要としたのは、彼らを拒む態度ではなく、彼らの誘いに対する僕らの明確な言葉だったのだ。
 この答えを得るために、僕らは夕暮れのガンジスを心穏やかに眺める権利と、少しばかりのホテル代と、薄汚い河沿いの安宿でガンジスに上る朝日を拝む権利を失った。だが、この授業料は決して高いとは思わない。今回、そしてこれからも続くであろうインドでの旅で、僕らが快適に、かつ安全に過ごすためにはどうすべきか。そのよりどころとなる行動規範について、身をもって気づくことができたのだから。答えは、単純だった。しかし、その答えは得がたい体験によって裏打ちされている。これほど、頼もしいことはない。


 ガートの階段を下りていくと、夕暮れ時にはボートが係留されているだけだった河岸の風景が一変していた。
 一段高くなった祭壇のような場所で若い男が4人、等間隔に離れて踊っている。線香がたかれ、男たちはそれを捧げたり、鐘を鳴らしたりしている。スピーカーから、歌とも呪文とも取れる声が大音量で流れる。踊る男たちの姿はライトで照らし出され、祭壇の下や河に浮かんだボートの上から、多くの人々が視線を送っていた。

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 帰国してから調べたのだが、この催しは「Puja(プージャー)」という宗教儀式で、日本流に言えば「灯篭流し」。ヴァラナシでは毎晩行われているという。木の葉や花でつくった小船にろうそくなどを乗せて流すらしいのだが、残念ながら現地でその光景を見ることはできなかった。

 踊り見物に疲れたので、人ごみから離れ、水際に立った。ガンジスの水面を、月明かりが照らし出していた。岸辺の喧騒をよそに、青白く光る河はどこまでも静かに、ゆっくりと流れていた。

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 夜も更けた。ガート近くの食堂で夕飯を食べる。

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「マサラ・ドーサ」。ジャガイモや野菜の炒め物をクレープのような生地でくるんで食べる南インドの料理だ。スプーンなども付いてきたが、周りのインド人がやっているように、僕らも手を使って食べた。
 ぎこちない手つきで口に運んでいると、傍らにいたおじさんが「それは南インドの料理だ。うまいか」と話しかけてきた。「delicious」。親指を立てて答えると、おじさんは満足そうな笑みを浮かべてうなずいた。

ガートからホテルへの帰り道は、サイクルリクシャーをつかまえた。運転手(ワーラー)は小柄なおじさんで、短く刈り込んだ髪は、年齢のせいか、あるいは街の砂ぼこりをかぶっているのか、うっすらと白かった。
 ガイドの尾行は終わっていたが、念のため、このワーラーにもホテル名は告げず、少し先のヒンドゥー大学を目的地とした。自転車の後ろに人力車の座席部分を取り付けたような形のサイクルリクシャーは、このおじさんが一人で漕ぐには少し大きすぎるようだった。おじさんはサドルに座らず、ずっと立ち漕ぎで進んだ。ペダルを踏み込むたび、小さな体が踏み込んだ側に大きく傾いた。

 「どこから来た?日本人か?」。用心深い僕らは、素性を隠すため嘘をついた。「韓国人」
 するとおじさんは、何やら意味の分からない言葉を発した。反応できない僕ら。

 「韓国人というのは嘘だろう。日本人だ」

 おじさんは、意地の悪い笑みを浮かべて言った。

 おじさんは漕ぎながら、ヴァラナシの観光地めぐりに雇ってもらおうと、セールストークを仕掛けてきた。だが、これまでのガイドたちとは違い、その態度や口調からは金儲けのいやらしさや胡散臭さは感じられず、むしろ生活の糧を得ることへの真摯な気持ちが心に響いてきた。
 おじさんには、子どもが3人いるという。もし、まだ幼ければ、おじさんの稼ぎが一家の胃袋のほとんどを満たしていることになるのだろう。無数のリクシャーが走り回るヴァラナシで、外国からの観光客と貸し切り契約を結ぶことができれば、一家が安心して暮らせる時間はその分長くなる。必死にならないはずはない。

 おじさんは、目的地のヒンドゥー大学に着いても、熱心に誘ってきた。だが、僕らにも予定があり、旅のスタイルがある。「もしまた出会ったら、おじさんのリクシャーに乗るよ」。そう言うと、おじさんはようやくあきらめ、ガートの方角へ引き返していった。


















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アジア大好き。いつも格安チケットで行く貧乏旅行。もちろん国内旅行も大好き。これまでの旅の記録をのんびり綴る不定期ブログです

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