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暴発 ~インド最悪の日・中~ 

 僕らは、ガンジス河のほとりを目指した。日暮れまでにはまだ時間があった。某有名ガイドブックの地図によれば、車を降りた地点から東に歩けばよいはずだった。

 歩き始めてすぐに、男が話しかけてきた。僕の横にぴたりと寄り添い、絵はがきのようなものを差し出しながら、日本語で何やら言ってくる。さらに、もう一人の男が現れた。こちらは日本語は話せないらしく、か細い声で何か言ったのが聞こえただけだった。
 
 どうせ、ろくなものじゃない。

 無視しようとしたが、辺りに外国人は僕らしかいない。日本語を話す男はずっと何か話しながら寄り添うようについてくる。彼らは僕らが歩き続ける限り、どこまでもつきまとってくるだろう。

 気がついたら、叫んでいた。

 自分でも驚くほど、感情を抑えることができなかった。ニューデリー駅で騙されたこと、ブッダ・ガヤで切符が取れなかったこと、車のチャーターをめぐってホテルの社長と険悪なムードになったこと、そして、ヴァナラシに着いてから、車の運転手に金を要求されたこと。インドで出くわしたさまざまな出来事で溜め込まれていた不満が、拙い日本語を話す男をきっかけに一気に爆発、いや暴発してしまった。

 わめき散らす僕の姿に、男たちはさすがに驚いたようだった。その後、話しかけてくることはなくなった。



 だが、沈黙は終わりを意味しなかった。



 口を閉ざした彼らは、なおも僕らのそばを離れようとしなかった。背後にいるかと思えば、歩を速めて僕らの前に出る。姿が見えなくなったと思ったら、いつも間にかすぐ横を歩いている。

 気味が悪くなり、大通りから細い路地へ入った。彼らは無言のまま、まだついてくる。そればかりか、日本語を話す男が突然、路地の脇の土レンガの壁を拳で殴りつけた。男が抱え込んだ不快感が、僕の胸めがけて矢のように飛んできた。

 2人の男を引き連れたまま、僕らはしばらく路地をさ迷った。ホテルの社長が言ったとおり、古くから開けたヴァラナシの街は迷路のようだった。ここから大通りに出られる、と見当をつけて角を曲がると、出口の見えない路地が延びていた。道端にたむろする人々は、ある者は刺すような視線を僕らに注ぎ、ある者は無関心を決め込んでいた。
 異国からの旅行者でにぎわう大通りと路地裏の間に引かれている薄い膜のようなものを突き破り、彼らの生活空間に土足で踏み込んでしまったような感覚に襲われた。同時に、僕らを付けまわしている2人の男も地元の人間である以上、彼らのフィールドにこれ以上とどまることは避けた方が良いように思われた。

「とにかく、路地を出よう」

 僕らは足を速め、少しでも人の気配が濃い方向に進んだ。路地には日陰が多かったが、涼しさを感じる余裕はなかった。

 やっとの思いで、車やリクシャーが走る大通りに出た。だいたいの方向は分かっているつもりだったが、このまま歩いてガンジス河までたどりつける自信はなかったし、第一、それでは2人の男をあきらめさせることはできない。僕らは走ってきたサイクルリクシャーを止め、ヴァラナシで最もにぎわうガート「ダシャーシュワメード・ガート」に向かうよう伝えた。

 リクシャーに乗り、ヴァラナシの街を少し高いところから眺めたとき、この街に来て初めて一息つけた気がした。しかし、その思いはすぐに打ち消された。

 僕らのリクシャーの左側から、かの2人を乗せ

たリクシャーが近づいてきたのだ。


 彼らは、自腹を切ってまで(おそらく)僕らを追ってきている。あるいは、リクシャーワーラーとの間に、観光産業に携わっている者同士の絆のようなものがあり、このような場合はふだんからリクシャーを使って追跡しているのだろうか。いずれにせよ、こうまでして追ってくる彼らの執念は、ただホテルやツアーに誘うためだけのものだとは思えなかった。ガイドブックに頻繁に登場する「身の危険」という言葉が、じわじわと胸を締め付け始めた。

 ダシャーシュワメード・ガートに着いた。土産物屋が並ぶ細い通りを抜けると、目の前にガンジス河が広がった。

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カフェオレ色に濁った水は意外に少なく、向こう岸の砂洲がすぐ近くに見えた。悠久の時間を象徴するかのように豊かな水量でゆったりと流れるガンガーのイメージは裏切られたが、河を渡ってくる風は頬に涼しく、かすかに匂った。

 僕らは、後をつけてくる男2人の気配を意識しながら、ガート周辺をそぞろ歩いた。大きなバックパックを背負った僕らは一目で観光客と分かるため、尾行者以外にも何人かの男たちが日本語で話しかけてきた。しかし、僕らは彼らをすべて無視することに決め、お互いの会話も、彼らに聞き取られないようわざと語順を変えるなどした。

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ここにも牛がのんびり風に当たっている。右端の人物が尾行男1(日本語可)

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こちらは、チャイを飲もうとする尾行男2(日本語不可)




 沐浴の風景を探したが、時間が違うのか、期待を満たしてくれる人はいなかった。その代わり、水辺には無数の木船が係留されていた。観光客が河の上から沐浴を見るためのものだ。希望すれば、向こう岸の砂洲まで連れて行ってくれる。

 砂洲は、ヒンズー教徒にとっては穢れた土地とされているらしく、人工物はまったく見当たらない。異教徒である外国からの観光客のみが、船を雇って渡っていく。おそらくヒンズー教徒である船頭は、自らが信仰する宗教で否定されている場所に頼って、生計を立てていることになる。もし、彼らにそのことを尋ねたなら、彼らはこう答えるのだろうか。「誰があんなところに好き好んで行くか。外国人が行きたいっていうから仕方なく渡してやってるだけだ。もちろん、俺は一度の砂洲に上がったことなんてないよ」

 石段に腰を下ろしていると、老人がチャイを売りにきた。1杯1ルピー。お猪口のような小さい素焼きの器に、ガンジス河と同じ色の液体が注がれる。遠慮のない甘さが、疲れた体に染み透った。チャイを飲んだのは生まれて初めてだったが、こんなに美味いものだとは思わなかった。

 河の向こうに、陽が沈もうとしている。さて、これからどうするか。まだ宿を決めていない。ヴァラナシへ来るまでは、ガンジス河沿いの安宿に泊まろうと考えていた。できれば、河が眺められる部屋に。

 ただ、僕らには尾行者がいた。チャイを飲んでいるとき、日本語を話せる男が近づいてきて、僕に名刺を渡してきた。僕らが持っているガイドブックも紹介している宿の名前。ダシャーシュワメード・ガートからそう遠くない場所にあり、運が良ければ、リバービューの部屋もある。ただ、ここまできて彼の口車に乗せられる気にはなれなかった。

 ただ、名刺をもらったことで、彼らの素性が少し明かされたのは好都合だった。僕らは、ガンジス河沿いに泊まるのをあきらめた。河沿いの別の宿に部屋を取っても、もしその宿が尾行者の宿と付き合いがあれば、僕らの動向は筒抜けになってしまう恐れがあった。男たちが当初の勧誘の仕事を逸脱して、僕らに仕返しをする狙いで尾行してきたとするなら、それは危険極まりない状況だ。事が起こることを察知して、警察に保護を求めたとしても、ここはインド、しかも観光客擦れが甚だしいとされるヴァラナシだ。期待に沿う働きをしてくれる保証はない。

 僕らはガイドブックを開き、河から離れたホテルに目を付けた。河沿いの宿より少々値が張るが、その分、セキュリティは比較的しっかりしていそうだ。尾行者が暗躍する場所からも離れている。暗くなる前に、何としても今夜の安住の場所を見つけたい。

 ガートの入り口に停まっていたオートリクシャーに乗り込む。この運転手も尾行者に通じているかもしれない。念のため、目的のホテルの少し先にある場所を告げた。リクシャーが走り出す。すると、日本語を話す男が運転手の隣に乗り込もうと体を入れてきた。驚いた次の瞬間、運転手は男を手で押し返した。後方に取り残される男。しかし、さらに前方に、もう一人の男が待ち構えていた。思わず、運転手の肩をたたいて叫んだ。

 「GOGOGOGOGOGOGO!」

 運転手は軽くうなずくと、乗り込む素振りを見せた男を振り切るようにスピードを上げた。

 オートリクシャーは、ヴァラナシ市街の雑踏の中に吸い込まれた。追ってくる可能性は残っていたが、多くのオートリクシャーが走る中、僕らの乗っている車を見つけ出すのは難しそうに思われた。「奴らはガイドだ。また乗ってこようとしたら、追い払ってやる」。そう言って笑う運転手の横顔が頼もしかった。「I am strongman」。彼の言葉に、僕らは自然に反応した。「You are strongman! strongman!」

 オートリクシャーを降り、ホテルにたどり着いた時には、既に薄暗くなっていた。部屋に荷物を下ろし、一息つくと、僕らは再びガンジス河へ向かうべく通りへ出た。せっかくヴァラナシまでやってきたのに、ガイドに尾行されたぐらいでホテルに閉じこもっているわけにはいかなかった。サイクルリクシャーをつかまえ、闇に覆われていく街の中へ入っていった。

















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